グローバル化が進む現在の日本において、急増する外国人の患者さんに対応するの医療通訳のニーズが高まっている。その外国人の患者さんの家族歴やアレルギーなどの個人情報、手術や輸血などの説明、問診表、同意書、ガンやHIVの告知や治療方針の立て方など、日常会話程度の語学力ではこなせない場面では、医療通訳者の存在は不可欠である。
英語であれば堪能な医師や医療従事者を探すことは難しいことではないだろう。しかし、それ以外の言語となると、その言語に堪能な同国人もしくは日本人通訳者の助けを借りなければ難しい。
では、医療通訳者はどこにいるのか。残念ながら、まだ日本には普遍的に制度化された医療通訳システムは存在しない。一部の病院が医療通訳を雇用したり、NPOや国際交流団体などが自治体と連携してボランティアを派遣している地域もあるが、圧倒的多数のケースは友人・知人などの患者に身近な人が通訳として同行している。
現在において、医療現場において言葉の問題が深刻化しつつある。その原因は、1970年代以降に増えたニューカマーと呼ばれる外国人(インドシナ難民、中国残留孤児とその家族、中南米日系人、国際結婚の配偶者など)がその後定住化し、家族を形成し、子どもが生まれ、現在徐々に高齢化しつつあるからである。
では、誰が医療通訳を担っているのかを考えてみたい。
(1) 家族または同国人コミュニティの人
定住外国人の場合は、患者家族もしくは同国人の地域コミュニティの中で日本語に堪能な人が病院に同行するケースが一番多いと予測される。コミュニティの中にはこうした支援を専門に行う通訳熟練者も存在するが、ほとんどは日本語会話ができるということで通訳として同行している。特に活用されるのが、学齢期の子どもである。小学校高学年~高校で日本語のできる子どもが学校を休んで病院などに同行しているケースが多く見られる。
しかし、子どもの語彙力はその年齢に応じたものであり、身体の部位や病名については、いくら日本語の会話ができるからといって、通訳できるものではない。通訳するには専門辞書の使い方や専門用語に通じていなければ正しい通訳はできない。
また、知人の通訳者を使う場合、病名などの個人情報がきちんと守られるかどうかを心配する患者も少なくない。
(2) 会社の通訳者
外国人労働者は派遣会社(ブローカー)を通じて働いている人が多い。そうした会社は大抵の場合同国人通訳者を配置していて、その人が病院に連れて行ったり、診察に同行する場合もある。しかし、これも問題がないわけでなく、患者の訴えをきちんと訳さず労災隠しをすることもあるし、患者の病名を会社に伝えてそのまま解雇になってしまうような事例も報告されている。
(3) ボランティア通訳者
言葉のできるボランティアが、外国人の日常生活を通訳支援していることも多い。ただし、医療現場は専門用語が多く、通訳ミスがあると患者に正しいインフォームドコンセントが行えないという事態も出てくる。また、ボランティア通訳者は無防備である。インフルエンザや結核などの感染症の患者に対して防護をすることなく接したり、付き添ったりする可能性もなくはない。その上、もし通訳ミスによる医療過誤が起きたとしたら、個人で責任を取らなければいけないことにもなるであろう。また長い待ち時間や交通費などの経費をボランティア個人で負担しなければならなくなり、ボランティアである限りは、情熱を持っていても通訳者は長くは続かない。
(4) 本人の日本語
長期間にわたって定住している外国人の中には日本語を問題なく話す外国人も少なくない。学校や仕事場などでは日常生活に問題のない日本語を話す人も、身体や心が弱ったときに、辞書を引きながら会話をしたり、専門用語を理解するのは非常に困難である。また、外国人でも少し日本語が話せると思うと、早口で、方言や専門用語の混じった「容赦ない」日本語になる人もいる。医療現場は一般の人には厳粛であり、敷居が高い。わからないとかちゃんと説明してというには勇気が必要である。患者がうなずいているからといって、100%理解しているのではないと疑ってかかるべきかもしれない。
外国人が安心して医療を受けるアクセスを確保するためには、母国語でのサポートは欠かせない。医療通訳には高度な守秘義務を含む倫理規定の遵守とともに熟練を要する。特に、終末医療や告知、手術の説明や精神医療の領域、家族のケアなどでは重要な役割を果たす。しかし現状では、医療通訳者は日本では「資格認定」どころか、それが専門的な技能が必要な仕事であることすら認識されていない。